【クセツヨ発達日記⑤】診断についての捉え方の違い

クセツヨ発達日記

こんにちは!

アラフォー3兄弟ままのmamanieです☆

長男・次男の発達について、それぞれADHDの診断が付いたのですが、そのことについてはごく一部のママともにしか話していません。

隠している訳でもなく、恥ずかしいことでもないのでオープンにしようと思った反面、特性については長男・次男のプライバシーに関わる事なのではないかと考えさせられています。

私がうっかり話した内容が、ママ友を通じて子供達の耳に入り、本人が意図していない対応をとられる可能性もあると考えました。

しかし、周りの理解を得ながら上手く社会性を身につけて欲しいとも思うので、そうなると周囲への説明が必要になる・・・。

悩ましいですね。

先日、自身のお子様がグレーゾーンで診断が付いておらず、今後どうしていこうか悩んでいた方がいらっしゃいました。

そのお子様と次男の年齢も近い事から、兄’sの特性についてお話しました。

次男の診断に至った経緯についてお話した時のお相手の発言。

次男は、医師から「この子は周囲の大人から寛容と理解の支援が必要。そのために診断を付けることが望ましいんだよ」と説明されました。

私は、この説明は医師の配慮の言葉だと受け止めていました。

「診断は付くけど、後ろめたさはいらないよ。」

「この子が生きやすくなるために必要な支援を受けるために必要なことなんだよ」

・・・という意味に捉えていました。

ただその人には、(私の説明が足りないのか)「診断付けるまでも無いけれど、付けたら小学校で手厚く支援してもらえるから付けておくね

に聞こえたみたいです。

お互いの子供の特徴が似ているので、自分の子供にも診断が付くはずなのに、グレーゾーンの位置にいる。

方やうちの次男は診断がついており、療育や児童発達支援の事業所へ通っている。

医師の匙加減一つなのでは無いかと。

中にはそういった医師もいるかもしれませんが、長男・次男はそれぞれ別の施設・病院で検査を受けています。

実際、その所々で検査の方法や診断に用いる材料の多さに差があることを感じました。

でも、医師もその道のプロなので、ないものをわざわざ病名を付けることはしないと思います。

少なからず、長男・次男を診断した医師には、「ADHD」と診断するに足る特徴を兼ね備えていたのだし、その方のお子さんには何かまた違った見解をされたのでしょう。

うちの次男に診断が付いて、その方のお子さんに診断が付かなかったことについて、診断をもらって受給者証をとり、児童発達支援を利用したかったのかと聞けば、そうでは無いそう。

診断を付けて欲しい・付くはずだと言う一方で、周囲からは「大丈夫」と言われているので「うちの子は発達障害じゃないかもしれない」とも話す。

・・・結局どうしたいのか。

私は、息子達に診断が付いたことをポジティブに捉えています。

自分が抱えていた違和感を肯定された気がしたからです。

それは答え合わせのように、医師からの説明が腑に落ちていく瞬間でした。

同時に、彼らには伝わらない形で伝えようとして、伝わらないことで感情的に怒ってしまって大変申し訳なく思いました。

診断の捉え方はきっと人それぞれで、罪状を突きつけられた様に感じる方、なにかの免罪符を受け取ったように感じる方・・・私の乏しいイマジネーションでは想像に足らないですが、様々でしょう。

でも、勇気を出して診断へ踏み切り、行動に移しただけで凄いことだと思います。

自分も、あのときの行動力は、何かに取り憑かれていたのでは無いかと思う位の瞬発力がありました。

もう無理だけど(笑)

その方も、きっと色々葛藤しているのだと思う。

子供の幸せを一番に考えて、何が最善か。

道は一つでは無くて複雑だからこそ、考えてもがくのだと思う。


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